五界姫譚 黒冥螺

冥府へ至る一つの路
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「……本当に来るの?」
「行くよ。僕が君と離れる理由はない。必要もないのだから」
 努めて冷静を装う少女に、穏やかな声音で少年は答えた。年の頃は十。少女の方が若干長い、艶やかな黒髪。幼さを残す柔らかな頬。大きく深い漆黒の瞳。身体的特徴のみを比較すれば、二人は瓜二つだった。
 何故ならば、二人は双子。
 生まれた瞬間に、母以外の存在を既に知る、奇跡の子等。
 神の手に引き裂かれた、呪いの子。
 双子というものには、世界各地に様々な言い伝えはあるものの、二人はただ二人として生まれてきただけだった。
 ふっくりとした唇が、鏡写しのような相手に言う。
「けれど、危ない。空遙まで食われてしまうかもしれない」
「空音が行くなら僕も行くよ。食われることは怖くない。それとも、」
 少年はそこでふと、整然とした口調に僅か、影を纏わせた。
「僕がいると、邪魔かな?」
「まさか」
 即座に首を横に振り、少女は淡く微笑んだ。
「心強いよ」
 それはどこか寂しげな笑みだった。


 その森には、下草も生えない道があった。
 森へ立ち入らないのだから、人が整備しているということは決してない。それは魔物のなせる業なのか、幼子が二人並んで一杯一杯という程の幅で、ただ贄のみを欲するように保たれていた。
 片割れを追ってきた少年は道中、道の脇にある大岩で休んでいた少女と合流した。いささか憔悴した様子の空音の手を取り、空遙が先導する形で闇へと進みながら、二人は言葉を交わす。
「魔物ってどんなものだと思う?」
「うーん、爪は長そうだね。だから指はあるんだ」
「その長い爪で、〈贄〉を掴み取って食うのかな」
「痛くなければ良いな」
「空遙が食べてもらえるかは分からないよ」
「空音は食べられてしまうだろうから、頑張ってお願いして僕も食べてもらうよ」
「聞いてくれるかな」
「聞いてくれれば良いな」
 逃げるという選択肢を、二人は放棄していた。
 この道を逆に辿れば村へ帰り着くだろう、しかしそこでは村人が待ち構え、〈贄〉としてまた送り返されるのは目に見えている。
 また、道を外れてどこかへ向かうとしても、子供でさえその身をねじ込むことは躊躇われる、草木の茂りようである。二人には、細くがらんとしたこの道を、ただ前に進むしか残されていなかった。
「食べられる前に、何かされるのかな」
「さあ、ね。……食べるだけだと思うけれど」
「二人一緒に食べてほしいな。空音が食べられるところなんて、あまり見たいものではないから」
「食べるなら食べるのでこう、ぱくっと、一瞬で終わらせてほしい。内臓掴み出すだとかではなく」
「そうだね……でも、できるなら」
 二人で生きて還りたいね。
 続く言葉を断ち切り、空遙は口を閉ざした。空音は瞼を伏せ、繋いだ手の指先を空遙と重ねた。押し返される。押し返す。ぎゅっと力を込めて組み合わせることで、受け入れたはずの恐怖が襲うのに耐えた。
 逃れられない運命だと分かっていても、恐怖は付いて回る。知っているからこそ、恐怖は門を叩く。恐怖を招き入れその身が満たされた時、人は狂う。
「……っ」
 何かを口にしようとして、空音が喉を詰まらせる。苦しげにひそめられた眉、しかし足を止めることはしない。空遙は頷いた。ただ頷いた。 そこからまたしばし進んだところで、空遙はふと強い力で腕を引かれた。
「あっ」
「う、あ」
 下へ引かれる力に踏みとどまった空遙は、どうしたのかと振り返った先に、右手を彼と繋いだまま、左手と両膝は地に付いた空音を見た。転んだのか、と考える。
「大丈夫空音?」
「大丈夫……草鞋が」
 元の作りが緩かったのだろうか、細い紐が切れていた。そんなに長く歩いたわけではないのにな、と空音に怪我をさせかねない草鞋の製作者を軽く恨みながら、空遙は屈み込み切れた部分を結び直した。
 物資に富んでいるわけではないのだ。魔物に食われてしまう贄のための草鞋など、そこまで保てば良いと、そう考えたのだろう。そこで紐を細くし、やわすぎて切れてしまったと、そういう結果だろう。
 せめてそこだけは解けることのないように、丁寧に結び目を作った。立ったまま右足を動かし、支障がないと確認すると、空音は小さく礼を述べた。二人は元のように手を繋ぎ直し、再び先へと進み始めた。
 道の入り口でさえ生い茂っていると感じられた沿道は、奥へ奥へ行くほどに暗みを増して、背の高い木々が枝葉を伸ばし頭上を覆い、微かに届いていた月明かりを隠した。時間が全く分からない。
 歩き詰めの二人は、既に時間間隔を失っていた。もう朝を迎えたかもしれない。昼を過ぎたかもしれない。次の夜がやってくる手前かもしれない。もしかするとまだ然程経過しておらず、数刻さえも経っていないかもしれない。
 再会の後一度たりとも休憩を取らないままの二人の脚は、痛みさえも失っていた。感覚の麻痺した両脚をひたすら前へと動かす。
 それしかなかった。
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