五界姫譚 黒冥螺

冥府へ至る一つの路
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 二人は生まれる以前から、常に一緒だった。

 未完成な肉体に命を宿した、記憶が内包しないその時から、二人は常に寄り添い生きていた。母親の胎から取り出された瞬間が初めての別離。否応無く引き裂かれたその刹那、二人はどうしようもなく一人ではなく二人なのだと気付かされた。そして二人は、二人という孤独を知った。
 一人という空虚を与えられ、それを保ち二人とするために、二人は各名を与えられた。他者から紡がれ自ら称する、人を一人と区別するためのそれを、二人は各享受した。そして二人は、二人という幸福を知った。


 貧しい山間の村の長の子供として、二人は生まれ落ちた。外部との関わりが薄く、産業が発達しているわけでもないその一帯では、比較的恵まれた世帯。
 二人は二人でさえあれば、何も不自由はなかった。父親の〈村長〉という立場を持ってしても手に入れられないものは、背中合わせで埋められた。

 初めは一つで、やがて二人を知った二人は、その幸福を知っていた。それ以上を望まなかった。望まずに生きてゆけた。


 村を囲う木々の土地、暗く深いその奥に、魔物と称される存在が棲んでいた。
 彼か彼女か、彼奴は数年に一度だけ贄を望んだ。長い髪の幼い処女。血を流したことがなければより良い。贄として選ばれた娘がどうなるかは全く不明であったが、どのような姿であれ、村へ還った者は無かった。
 その森は一種異空間。
 冥府へと至る黄泉路。
 村人がその深奥を覗くことはなく、獣等もまた同様。人と獣は、人里と魔界の境界までを、互いに行き過ぎぬよう徘徊していた。存在の有無も確実でない何かに怯え、其れに触れることを禁忌とし、見えぬ恐喝に従う無力さを味わいながら、山間の里は生き長らえていた。


 〈長の娘〉でさえ逃れることは不可能だった。
 異論がなかった。彼女の髪の長さはその年格別だった。また、その肢体はまだ幼く成熟してもおらず、柔肌は只人の眼で見ても美味そうだった。唯一、当初猛反対した彼女の母も、初めから諦観の姿勢を見せる父親の姿に、打ちひしがれながら折れた。
 斯くして彼女は贄となった。
 一月間、獣の血肉を一切絶ち、水と穀物、菜のみを食す。その日は、雪解け水に清めた麻服を纏い、その頭には野の花冠。白い素足に草鞋をくくり、黒髪は緩く編まれる。
 陽が落ちると小さな背を押され、少女は森へと足を踏み入れた。


 翌日のこと、贄の少女の双子の片割れの姿がなくなった。
 その事実が判明した時、両親はただ悲嘆に暮れた。それから村民には、消えた片割れを探索するよう令が出された。
 彼らはそれに従ったが、長がどれだけ腰を低くしても、森へは一歩たりとも足を踏み入れようとはしなかった。長も強いようとしなかった。恐ろしさは自らもよく知っていたためだった。
 終、双子の姿を二度と見ることは叶わなかった。
 その後魔物は贄を欲することがなくなり、やがて村は潰えた。
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