五界姫譚 黒冥螺

開始宣言
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「……熱い、な」
 そう呟き、私はひっそりと笑んだ。
 揺らめく炎は、私の暮らした家を薪代わりに燃え上がる。その向こうで、焦ったような表情の役人共。何か叫んでいる。けれど私の耳には届かない。炎の燃え盛る轟音が、四方八方で鳴り響いているから。
「……残念、だったね。でも私は、あんた達の言いなりになんか、なるつもりはないんだ」
 私はそう言ったつもりだった。奴らに届いていなくても、私は言ったつもりだった。けれど私は言ってなどいなかった。口を動かしただけ。この熱の中で、まともに声を発することのできる喉なんて、保てるわけがない。
 それでも私は笑っていた。
 この身が奴らの手に渡らないのならば――。


「町へ?」
 私は思わず、産みの母へ問い返した。
 ある秋の朝、簡素な朝食の席で両親が言ったのは、私が町へ行くことが決まった、ということだった。
「そう。あんたを引き取りたいって方がいらっしゃってね。大丈夫、家族とは離れるけどいつでも会えるし、お金持ちだから此処で暮らすより、ずっと豊かな生活ができるよ、神楽(しんら)」
 母は嬉しげに笑っていた。嘘だ、と私は直感していた。
 我が家にある数少ない絵本の中で、そんな話があったのを、私は良く覚えていた。貧しい一家が、口減らしのために子供を捨てる。その時に、森の奥や海辺にただ捨て去るのではなく、売り飛ばして金銭を得る。少しだけ難しい言葉で言う、人身売買。それだ、と私は直感で悟っていた。
 絵本では娘と母は喜びの再会を果たしていたが、実際にそんなことができるとは思えなかった。
 ああ、とうとううちも終わりなんだな、と私は思った。貧しい農家。働き手のために子供ばかり沢山いて、かといって充分に養えるほどの収入はなく、ひもじい思いを絶えずしながらせっせと働く。金に目が眩んだんだな、と私は両親を内心哀れんだが、そう、それだけだった。私じゃ嫌だだとか、そんなことは一切感じなかった。


 だから火を放った。
 私にとって大事だったのは、全て家族、それだけ。
 失われるならば、失われる前に永遠にしてしまえば良い。

 神楽を踊ろう。この身は神に捧げてしまおう。
 ふとそんなことを思い立った。村で豊作を祝う祭が、年に一度行われる。生まれて十年も経っていない私だが、生まれてこのかた神楽は見てきたし、もしかしたら踊ることになるかもしれない、候補者なんかになったから、踊り方は充分分かる。音楽はないけれど、ここでも充分踊れる。充分だ。
 滅多に着ることのない、袖のたっぷりした専用の衣を纏った時のように、私は両腕を横に広げる。
 そして私は、家族の首を刈り取った時のことを思い出す。
 今も手のひらに握られた鎖鎌。武器としても使えるよう加工されているが、元は稲穂を刈り取るためのもので、これは私が使っていた稲穂刈り鎌だった。今では首刈り鎌だ。これではもう、他人様の口に入れる穀物など刈り取れない。
 まず首元に切りつけて、血が吹き出すのを確認して次へ。皆が息絶えてから、一人一人の首を胴体から切り離した。おかげで作業服が真っ赤に染まった。重いのは脳のためだろうか、順番に床に並べると壮観だった。同時に少し悲しかった。
 これで永遠に家族のまま終われるのだと、そればかりが嬉しかった。
 その時、扉の向こうに役人の影が見えた。私は焦った。何をしようか考えていたのに、忘れて焦ってしまった。その時、私の中のもう一人の私が言った。
『火を点けるのでしょう?』
 思い出した。私は相棒の言葉にゆっくり深呼吸をし、用意しておいた火種へ向かった。家のそこらには、燃えやすい枯れ草をいくつも山にして置いた。幾らかは血で濡れてしまっているが、それくらいは問題ないだろう。燃えやすそうな布を広げる。それから火種を手にとって、ひときわ枯れ草の山の集まったところへ投げた。
 そして家は炎上した。

 さあ、最後に残ったのは、私だ。
 普段は冷たいこの鎌は、今は熱気に当たりしっかり熱を持っていた。けれど私の身体も熱い。特別苦しみは感じなかった。さあ、と勢い込んで切っ先を喉元にかける。このまま真っ直ぐ引けば、刈り取ることはさすがに難しいかもしれないけれど、家族と一緒に死ねる。大丈夫、しっかり突き刺して、意識があるうちにぐっと引けば、何の問題もなく私も命を落とすだろう。期待に高鳴る鼓動を落ち着かせようと、私は様々に思考を廻らせていた。
 それは幸か不幸か。私が一切の躊躇いなく私を殺していたならば、彼女と出会うことはなかったかもしれない。
 小柄な人影が現れた。炎の中に颯爽と、どこからか彼女は現れていた。
 長い黒い髪の少女。
 私よりも少し上くらいの年齢。
 まさか神様だったりして。
 ……まさかね。
 などと考えているうちに、炎に巻かれながら彼女は整然と言った。
「生きるか、死ぬか、我と共に来るか」
 それは、魅力的な三択問題だった。甘美な宣告だった。同じ状況に置かれた全員が同じように感じるかは分からないが、私にとっては魅力的で甘美で抗いがたい衝動を含むものだった。彼女が何者なのかなど、私は全く考えなかった。その必要がなかった。私がすべきなのは、提示された道から一つを選び、示すこと。
 そう、彼女の正体など、これから幾らでも。
「さあ、お選び」
 その言葉も聞かず、私は迷わず選んだ。
 微笑んで、鎌の刃を首に滑らせた。
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